お金持ちの定義を考えてみる

ではいくらなら幸せなのか

1,000万円は不幸の始まり

では1,000万円を超えてしまうとどのようなリスク、というほどのものではないがデメリットについて話をしてみよう。人によっては生活が成り立たないという場合も出てくるかもしれないそれだが、具体的にいうと、

税金が増える

教育関連の児童手当・高校無償化などの制度が受けられない

第1種奨学金を申請しても、通らない

というものばかりだ。多額の税金をむしりとられて、実質手取りが50万円近くとなってしまっても年収が1,000万円を超えているという理由だけで、これらの枷を背負わなくてはならないのだ。税金については仕方ないとして、その次の教育関連の手当などの申請もおりないとなったら目の色を変えて役所へと殴りこむ人が出てきてもおかしくないでしょう。実際、狩りにも公務員に向かって罵声を浴びせるといった、いつ公務執行妨害として警察に逮捕されるかもしれないことを平然と犯す人もいるというぐらいだ。

年収という縛りだけでこれらの手当が受けられないなんてあんまりだと、そう嘆くかもしれないがルールはルール。守らなくてはならないのだが、そんなの知ったことではないと罵る人もいるでしょう。蛮行を行うのは勝手だが、全て自己責任である。個人的にはそのような暴挙を働く人は流石に見たことはないものの、この世の中だといつそんな場面に出くわすか分かったものではない。正直冷や汗モノだ。

化けの皮が剥がれたような気分になったが、それだと年収で考えた場合に税金もそこまで過度に取られること無く、児童手当などの教育面をサポートしてくれる制度が利用できるくらいの理想とはどのくらいを指しているのだろうか。色々と思うところはあるものの、考察を交えつつ分析してみよう。

お金という持ち物

人間社会で生きていれば、否応なしにお金というものが絶対的に必要になってくる。どの場面でもお金がなければ食料を買うことも出来なければ、自宅という城を持つことも許されない。全てがお金基準によって回っていると言っても言い過ぎとならない。だから皆がお金のために働いているのだろう、しかしそれでは仕事をする理由にならないと考える人もいる。

筆者も以前、とある飲食店でアルバイトをしている時に先輩からどうしてこの店で働いているのかと尋ねられて、偽る必要もなかったので金銭目的と答えた。帰ってきた返答は罵詈雑言とばかりに、そんな考えは間違っていると否定される。今にして思うとこの人がどれだけ理想主義なのかがよく分かるが、その時は色々と思うところもあったがお金のために働いてはいけないと思わされた。だがそれで自分の考えが誤りで、その人の意見に従う道理もなかったので考えを改めるといったことをしなかった。

最近気になるニュースがネット上に掲載された、内閣府が調べた近年働く人たちの働く理由は何かというもの。個人的には興味深かったのが、アンケートに答えた多数の人が『お金のため』と答えていたのだ。そこに仕事へのやりがいがあるかどうかという意味合いが込められていたのかはわからない、ただ1つはっきりしているのはこのご時世にお金目的で働かない人などいないと考えている人が多いということ。

筆者の場合だと、その人は皆で協力してお店のために働くという全体思想を掲げていたのかもしれない。よくよく考えればその人が言っているだけで、他のアルバイトがどう思っているかなど知らないのだ。今だから思うと、裸の王様だったのではないかと思える。働いた結果として帰ってくるのが団結力なのはいいことだ、けれどその時までに要した労働力の対価として給与が発生しないでは団結力もくそもない。冷静になってその時のことを思い出してみると、その先輩は自分が楽をするためにこき使おうと企んでいたとも考えられる。自己勝手な想像になってしまうが、ないとも言えない。

要するにだ、結局最後に残るのはお金というわけだ。お金が無いと生きていけない、だからそのために働く。しかし働きすぎ、または稼ぎすぎても色々デメリットが発生してしまうので、程よく抑えてが理想という。傍から見るともの凄いさじ加減が難しいのが分かるでしょう。お金がないと困る、だけどお金がありすぎても生活が困窮してしまうかもしれない、どうしろというのか。

幸福と感じられる年収は

年収1,000万円が理想的と感じる時代はすでに終わっているのかもしれません。ではどのくらいに留めておけば抑制されることなく、自分の手取りとして不平不満を感じることのない年収とはどのくらいなのかについて考えてみる。

あくまでおおよそとなっているが、税金や手当などの最大上限などを考えて『年収900万円』が最も幸福で、理想像とも言われているのです。年収900万円というと、月額で諸々の諸経費を引かれた上で残る金額として、『610~660万円』が目安だ。これを年収1,000万円と照らしあわせてみると、

年収900万円:610~660万円

年収1,000万円:650~720万円

個人投資家は夢じゃないらしい

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マンションの語源である英語では豪邸などの意味で用いられることが多く、共同住宅の意味はほとんどありません。伊勢崎 賃貸で豪華なマンションを!

このようになります。最大で100万円近く差はあるものの、それでもさほど大きな違いがない。年収で計算して100万円しか違わないのに、税金などが差し引かれた状態では人によっては同じ額だという場合もある。そして決定的に違うのが、あらゆる面で保障や制度が利用できなくなるという点、年収1,000万円になるだけでそんなハンデを背負うくらいなら、900万円近くにまで抑えたいという人も出てくるだろう。

しかしサラリーマンが会社に対して月額の給与を下げてくれなどというあり得ない意見を出すかどうかだ、会社は真っ当な人事考課によって与えた身分に沿った額を出しているのに、不満を唱える。不満ではないのかもしれないが、給与に意見する会社員など前代未聞だ。例外的に給与を下げてくれと言われて喜んでと応酬する企業もあるかもしれませんが、大半は直談判した時点で自分の首も吹っ飛ぶ覚悟を持った方がいいでしょう。

FX徹底比較

今お金があっても

お金があれば幸せを買えるというものでもない、特に海外の人々は何かとスケールがでかいが、お金を絶対的な価値基準として考えないようにしているという。あることに越したことではないが、お金があっても自分自身が楽しく日々を過ごせているかどうかが問題だ。これでお金があっても生活が楽しくないとなったら、何を生きがいにして生きていけばいいのかとなる。流石にそんな人の考えは理解の範疇から外れているため把握しかねるが、結局お金があっても人間必ず幸せになるどころかむしろ破滅へと一直線になってしまうことだってある。

世の中には、お金を持ってしまったが故、またお金に糸目をつけすぎた故に何もかも喪失してしまった人もいるくらいだ。